ワケありの二人
搭乗した日航機内は満杯だった。ぼくたちはグループで一緒に座るものだとてっきり思い込んでいたが、席はまったくばらばらだった。ぼくの席は進行方向右側の３人席の窓側だった。すでに通路側に男性､真ん中に女性が座っていた｡ぼくを通すために席を立ち通路にいったん出てきてくれた｡その女性が立ち上がろうとして前かがみになったとき､襟首から豊かな胸が見え､ぼくの目に飛び込んできた｡
幸先がいい？ いやそうではなかった。ふたりはカップルだった｡男性は４０歳ぐらいでまじめな勤め人風、女性は３０歳前だろうか｡男好きのするタイプだ。人を見る目がないぼくがいうのだからあまりたよりにならないが、ワケありの二人にみえた。
その女性が完全に風邪を引いていた｡さかんに咳をして、洟をすすっている。隣りの席のぼくは気が気ではなかった｡旅立ちである｡ここで風邪をうつされたら困るのである｡せっかくの旅が台無しになってしまう｡風邪を引いているのにこの女性はＴシャツ姿なのだ｡このＴシャツの丈が短いのか、この女性がもぞもぞと動くとシャツの裾がめくれて、腰から背中にかけて肌があらわになる。風邪がうつらないように意識して顔を右側の窓のほう向けているのだが、それでも否応なく目に飛び込んでくるので、ぼくは見ようとしないのだが､それでもしかたなく？見てしまうのである｡
眼下に雪にすっぽり覆われた富士山を眺めることができた。赤石山脈が続いていた｡窓側の席の特権である｡
昼食の配膳がはじまった。急に騒がしくなってきた｡ご飯となると人間、どうも殺気立ってくる｡スチュワーデスの多くがタイ人のようだ｡ぼくはビールを頼んだ｡足りなくて２本目のビールをもらって昼食をとった｡
食事が一段落するとトイレが混雑する｡どうも隣りの女性の風邪が気になっていたので、トイレに立つのをいい機会に、ぼくが通路側に座ろうかと､席の交換を申し入れた｡もちろん風邪がいやだからなどとはいえないから、トイレが近いのでと｡その提案はあっさり棄却された｡男性は通路のほうがいいという。仕方ない、とはいえ、酒を飲めばトイレが実際近くなる｡ぼくがトイレに立つときは二人はそのたびに通路に出なければならない。それがいやだったので、酒を控えることにした｡日本から持ち込んだポップスのテープを聞きながら、ふと馬鹿なことを考えていた。ヒマであった｡
―このジャンボ機は離陸したときの総重量と､皆さんに配膳してご飯を食べてもらった後の総重量とでは、どちらが重いのだろうか― |